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リベラリズムを考える10冊

橋本努

 

『インターコミュニケーション』no.33, 2000.5.

「特集 21世紀のための500冊/IC版ミレニアム・ブックガイド」

 

 

 

 リベラリズム(自由主義)は自由を最大限に重んじる思想ではない。例えば、自由の意味を「解放」としてこれを重んじる思想は、マルクス主義や神学であって、リベラリズムではない。また自由を「強制の排除」とみなしてこれを最大限に重んじる立場は、アナーキズムやリバタリアニズムであって、リベラリズムの本流からは少し外れる。現代のリベラリズムにはさまざまなバージョンがあるので、「リベラリズムというのはこういうものだ」と総括しても、実はあまり理解したことにはならない。むしろ必要なのは、自分にとって自由とは何か、いまの社会にとって必要な自由とはどのようなものか、といった問題について、自分なりに筋の通る考えを作っていくことだろう。

 そのために押さえておきたい著作は、二冊ある。一つはアイザイア・バーリンの『自由論』であり、本書は自由を「積極的自由」と「消極的自由」に分けて論じた古典的名著である。積極的自由とは、「〜への自由」、すなわち自己支配としての自由であり、自己を律する「自律」の意味と、集団によって集団を律する「自治」の意味がある。これに対して「消極的自由」とは、「〜からの自由」、すなわち強制からの自由であり、これには他者の干渉からの自由と、自分の内なる強制状態(押さえがたい衝動や、自由を享受する能力の不足)からの自由という意味がある。バーリンはこの二つの自由概念のうち、消極的自由のほうを支持した。これに対してエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』は、消極的自由の理念を批判したベスト・ロング・セラー。フロムによれば、人々は前近代的な諸々の束縛から解放されて消極的自由を手にすると、孤独や不安にさいなまれ、自由を耐え難い重荷であると感じるようになる。そうなると人々は、かえって権威者への服従を求めるようになり、実際、ファシズムのような政治体制が生まれることにもなった。そこで「消極的自由からの逃走」を防ぐためには、自律や自治としての積極的自由を重視すべきだというのである。本書は学生向けの必読書として、今なおその啓蒙的意義を失っていない。

 以上の二冊に加えて、井上達夫編『岩波 新哲学講義7――自由・権力・ユートピア』は、リベラリズムへの入門書として最適だろう。第一部の「講義の七日間――自由の秩序」は、井上達夫先生による名講義である。分かりやすく、深く、しかも現代的意義をつかんでいる。また井上達夫著『共生の作法――会話としての正義』は、リベラリズムの新たな知的可能性を切り拓いた名著である。異質な人格間の社交体を「会話的正義」の理念によって企てるという独創的な議論は、ハバーマスのコミュニケーション理論に代替しうるだけの重要な意義をもっている。本書の出版(1986)以降、日本における政治・法思想の構図は大きく転換し、とりわけ1990年代には「規範理論」が復活したと言われるが、それは井上氏のフロンティア精神によるところが大きい。

 次に紹介したいのは、20世紀リベラリズムの古典となるだろう4冊である。ジョン・ロールズの『正義論』は、自由社会の基礎としての正義を、新たな社会契約説の枠組みによって正当化したものであり、その影響力は「ロールズ産業」を生み出したとまでいわれる。「無知のヴェール」に制約された原初契約のストーリーは、いわば仮想社会を作るゲームに参加するという設定の下で、われわれの正義感覚を磨いてくれる。これに対してその3年後に出版されたノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』は、SFチックで奇想天外な議論を展開しながら、ロールズの理論を徹底的に否定する。そこではロック流の自然権をベースに、国家を最小限にとどめるべきだと主張されているが、世の中を生きがたいと感じている人や、あるいはニヒルで斬れる知性の持ち主は、かなり魅了されるのではないだろうか。第三に、ハイエク晩年の大作『法・立法・自由(T・U・V)』は、自生的秩序論に基づく独自のコスモロジーを展開したものであり、マルクス主義や社会民主主義を徹底的に批判するための思想的立脚点を確立した記念碑である。これに対してミルトン・フリードマン&ローズ・フリードマン著『選択の自由:自立社会への挑戦』は、1980年代における新自由主義運動の爆発的ベストセラー。国家に対抗しながら社会を強く生き抜くための政策構想を提示しており、誰でも容易かつ刺激的に読める。

 19世紀を代表するリベラリズムの古典としては、J・S・ミルの『自由論』を挙げておかなければならない。本書はいわゆる古典的自由主義から離れて、各人の人格的発展を自由の主軸に据えた名著である。人格の発展を中心的な価値とみなす自由主義は、その後、グリーンやホブハウスなどの思想家によって論じられたが、この流れを継承するものとして、最後に拙著、橋本努『社会科学の人間学――自由主義のプロジェクト』を挙げさせていただきたい。本書はマックス・ウェーバーの政治学と人間学を批判的に発展させ、成長論的自由主義の立場から、独自の人格理念〈問題主体〉とその社会構想を彫琢している。

 

 

Isaiah Berlin, Four Essays on Liberty, London, Oxford University Press, 1969(アイザイア・バーリン『自由論』小川晃一・小池圭・福田歓一・生松敬三訳、みすず書房)

Erich Fromm, Escape from Freedom, Holt, Rinehart and Winston, 1941(エーリッヒ・フロム著/日高六郎訳『自由からの逃走』東京創元新社、1951.

・井上達夫(責任編集)『岩波 新哲学講義7――自由・権力・ユートピア』岩波書店1998

・井上達夫『共生の作法――会話としての正義』創文社、1986.

John Rawls, Theory of Justice, 1971(ロールズ『正義論』新訳準備中)

Robert Nozick, Anarchy, State, and Utopia, New York Basic Books 1974(ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』嶋津格訳、木鐸社, 1990

F. A. Hayek, Law, Legislation and Liberty, Routledge and Kegan Paul. 1973-1979, 3vols.(ハイエク著/西山千明監修『ハイエク全集 8・9・10 法・立法・自由(T・U・V)』春秋社、1987-1988

Milton and Rose Friedman, Free to Choose: a Personal Statement, Penguin Books, 1980(ミルトン・フリードマン&ローズ・フリードマン著『選択の自由:自立社会への挑戦』西山千明訳、日本経済新聞社、1980.

John Stuart Mill, On Liberty, 1859J.S.ミル著『自由論』塩尻公明・木村健康訳、岩波文庫、1971.

・橋本努『社会科学の人間学――自由主義のプロジェクト』勁草書房、1999.